駅から降り立つと、どこからかウミネコの鳴き声が聞こえた。
海沿いには、ところどころ更地があり、海と陸の境には立派な堤防がそびえる。
借り家の鍵を受け取るために寄った不動産屋は、「何もないところでしょう」と言った。
二年の予定の長期派遣で訪れたのは、岩手県の沿岸部。
風光明媚で、食事のおいしいこの地域には、一つ、困った特性があった。
娯楽が、なかったのだ、
目次
●その①:娯楽として再発見
岩手県沿岸部は、山と海に挟まれた村や集落が点在する地域だ。
当然、専門店の絶対数が少なくなり、娯楽と言えば、飲み屋とパチンコぐらいしかなくなってしまう。
それでも最初の数か月は、名勝を訪れ、登山に挑戦し、ダイビングもしたが、やがてそのどれにも不向きな冬が訪れる。
「室内でできる娯楽が必要だ!」
と考えた。
幸い、車で行ける距離に、おもちゃ屋があった。
雪道を、ノロノロと進む。車のスピードに反比例して、やる気は上がる。
「よーし、二〇年ぶりにミニ四駆をやるぞ!」
実は最初、ミニ四駆を買いに行ったのだ。
そのおもちゃ屋にはサーキットがあり、日々おっちゃんたちがチェーンと肉抜きにいそしんでいると、ツイッターで情報を得ていた。
初めての凍結した路面の中、教習所以来五年ぶりのバック駐車を敢行する。←西日本出身のペーパードライバー
四苦八苦しておとずれたおもちゃ屋の、入ってすぐのところに、案内があった。
「カードゲーム大会日程」
・遊戯王
・デュエルマスターズ
・ヴァンガード
・ヴァイスシュバルツ
「ああ、ヴァイスシュバルツやってるのか」
何を隠そう、少し前にヴァイスシュバルツを始めていたのだ。
デッキは持ってきていなかったものの、本来の住み家に戻ればある。
次の長期休暇で家に戻った時、当然、真っ先に手に取ったのはヴァイスシュバルツのデッキだ。ちなみに「艦これ」と「ごちうさ」だ。
そこで、ふと、思い立つ。
「ヴァイスシュバルツの大会は月一回しかない」
もう一種類、デッキを用意すべきだろう。
デュエマも、ヴァンガードも、触ったことがあるぐらいのレベルで、デッキを持っていなかった。
となれば、「遊戯王」に白羽の矢が立つのは成り行きであった。
私は、クローゼットの奥、小学校の「工作」の授業で作った木製のトランクから、デッキを二つ、取り出した。
【青眼の白龍】と、【デッキ破壊】だ。
●その②:小学生デッキの完敗
次の遊戯王のショップ大会に臨んだ時、私の頭脳は完全に旧式だった。具体的に言うと、遊戯王2期で止まっていた。
初代のアニメの終了とともにプレイする機会が消滅し、その後5D'sのアニメは少し見たものの、デッキを扱うのは久方ぶりだ。
ほぼ十数年ぶりに、遊戯王OCGに復帰しようとする自分の知識は、以下のものだった。
・「禁止カード」という概念が設定されているらしい。
・攻撃力3000の《青眼の白龍》を超えるカードが、ごろごろいるようだ。
・モンスターと魔法を合体させた「ペンデュラム」カードが強い。
・通常モンスターは、あまり(というかほとんど)使わないみたいだ。
以上をかんがみるに、守備力2000の強固な守備力で盤面を維持して、生け贄召喚を狙う【青眼の白龍】では、時代についていけない可能性が高い。
「しかし、デッキ破壊なら・・・」
地雷デッキとして、ワンチャンあるかもしれない。(なお、《ワンチャン!?》の存在も知らなかった)。
「もちろん、無強化では無理だろう」
さっそく、小学生の頃には使えなかった手段――インターネットを使い、【デッキ破壊】に相性のよさそうなカードを調べ始める。
「ふむ。俺が使い続けている《墓守の使い魔》は、《マクロコスモス》と相性がいいのか――」
「お、リバースモンスターをデッキから持ってこれるカードがある! こりゃ、勝ったな!」
途中、なつかしいが関係のない通常モンスターのページばかり読む欲求にとらわれたが、なんとか完成させる。
当然、時間をかけたのだから、無条件に愛着がわく。
「昨今はドローするカードが多いと聞く。つまり、俺のデッキにとって至極有利な時代と言うわけだ!」
一人壁に向かって回し始める。愛着が意気へと変わる。
「こりゃあ、優勝は無理でも準優勝ぐらいはしちゃうかもな!?」
意気は揚々と高まり、おもちゃ屋へと向かう。
最初の相手は――
【オルターガイスト】とやらか。
お互いのデッキをカットし、手札を五枚引く。
もちろん、可能な限り予習をしてきたから、先攻ドローがなくなっていることも知っている。
「よろしくお願いします!」
今まさに、東北の地に、新時代のデッキが――デッキを破壊するデッキが――爆誕するのだ!
予定されていた戦術は、こうだった。
まず、《光の護封剣》で相手の攻撃を防ぎつつ、場に《墓守の使い魔》と《マクロコスモス》をそろえる。 → これでロックが完成する。
《墓守の使い魔》は、墓地に送らなければ攻撃宣言できないが効果だが、《マクロコスモス》のおかげで「墓地に送る行為」そのものができない。 → ロックの完成。
ロックが完成したら、《メタモルポット》を《月の書》や《月読命》で何度もひっくり返し、相手のデッキを削る。
→ 最後は《ニードルワーム》で相手のデッキだけを削り、無事勝利。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・うん、まあ、デュエルの結果は明らかだと思う。
いちおう、ダイジェストだけ、お送りしておこうかな。
相手「《メタポ》の反転召喚成功時に、《灰流うらら》。なにかありますか?」俺「ファッ!?」
相手「《ツイツイ》を使います。手札一枚切って、《マクロコスモス》と《墓守の使い魔》を破壊したいです」俺「なにその、《サイクロン》の上位兌換」
相手「あ、ならないよ。リンクモンスターなんで、守備表示にならないよ!」俺「え――(伏せた《月の書》をドヤ顔で発動しつつ)」
せめてもの慰めを言っておくと、あまりにも珍妙なデッキのため、デュエルでみんなを笑顔にできた。
むろん、笑顔にしている方は不本意もはなはだしかったけどな!
●その③:インターネットの活用
つまずいたどころか、各座して炎上した復帰後の第一戦だったが、得るものはあった。
なにもかもが足りないことに、気がついたのだ。
知識と、そしてカードだ。
最新の記事を読み、動画を研究し、ネット通販を駆使するのだ。
カタカタカタッターン! と調べた結果、以下の情報を仕入れた。
・もうずいぶん前から、遊戯王のトレンドは「ワンキル」である。
→ロックデッキは絶滅寸前
・《灰流うらら》と《増殖するG》を持っていない人間に、人権はない。 →持っていない
・罠カードは、対策カードが増えすぎたため、特殊なテーマを除いて使われない。
→自分のデッキ罠カードが多め
・「テーマデッキ」が、主流。
→テーマうんぬん以前に、ほとんど通常モンスターしか手元にない
「テーマデッキ、か・・・」
なるほど、確かに自分の持っているカードのほとんどは、ルール的には使えるに過ぎないカードなのだろう。
だが、自分もかつてはデュエリスト。かつては誰もがあこがれて、一枚は持っていたカードを、三枚持っている。
《青眼の白龍》だ。
「やっぱり、小さいころから使っているカードを使いたいよな!」
幸い、【青眼の白龍】は、公式に愛されたテーマだ。
20年たった今なお、新たなカードが追加され続けて、かつてのデュエリストたちの購買意欲をそそっている。俺もそそられた一人だ。
「よっしゃ。ネット通販で、買いそろえたるで!」
《増殖するG》 980円 《灰流うらら》 1050円 《青き眼の賢士》 1500円 《青眼の亜白龍》 キズあり、5000円から
「う・・・高いね、君たち・・・」
当時、自分が一か月あたりにホビー(カードだけでなく、ゲームソフトとかプラモデルとか)に使える予算を、5000円と決めていた。
「ゴキブリと幼女の人権セットを買ったら、なんぼも残らないではないか!」
いったい、一つのデッキを作るのに、何か月かかるというのだ?
こうして、遊戯王熱の再燃は起りつつも、動画で気を紛らわせる日々が、続くのだった・・・
●その④:現地の友人との研鑽
きっかけは、仕事先が岩手県の内陸部へ、うつったことだった。
近くにいくつかホビーショップがあり、機会が増えたのだ。
そうしてやってきたとあるショップ。
自分の手持ちは、《トリックスター・キャンディナ》+《トリックスター・リンカーネーション》+《ドロール&ロックバード》を追加して、いくぶん害悪度を増した【デッキ破壊】だった。
常連の人々に一発で、顔とデッキを覚えられてしまった。
流行りのテーマをとりいれつつもなお、古さを隠しきれていないインパクトは、デュエル以外で発揮されたのだ。
SNSのアドレスを交換し、次の週末にも会うことを約束する。
それからは、毎週末、どこかのショップに集まってデュエルをする日々だった。
新しいテーマを試し試されして研鑽を積み、時にはデッキを交換して対戦した。
デュエルだけでなく、カードに関係したいろいろな交流もあった。
新パックの開封を見守り、20年ぶりにカードのトレードを行った。
出戻り組のためにルールの解説をしてくれたし、時にはカードを(テーマを丸々一つ分)くれることもあった。
あるいは、アニメキャラの声マネ動画の話題で盛り上がった。
ありがとう【デッキ破壊】。キミはデッキは半端にしか破壊できないけど、かわりに友情をはぐくんでくれた。
そんなある日、声をかけられた。
「いっしょに店舗代表戦に出ないか?」
●その④:初めての店舗代表戦
「店舗代表戦」というのは、うわさでは聞いていた。なんでも、時にジャッジキルさえ行われる弱肉強食の世界だという。
いまだ私は身内でのエンジョイ勢にとどまっており、参加したことはなかった。
だが、ぜひ参加したいという意欲はあった。
自分がどの程度か、というを知りたかったし、それにお世話になった彼らと何か、思い出を作りたいとも思っていた。
東北に来てすでに二年がたち、数か月後には私は元の場所へ帰ることになっていたのだ。
【デッキ破壊】は「トリックスター」要素のみを残し大改修され、【トリックスター】デッキになった。
すでに遊戯王のみに使っていた月5000円の予算は3倍に増えていた。
私は「人権」をまんべんなく手に入れ、さらにデュエリストとしの高みを目指した。
私は20年ぶりに、本気で考え、可能な限りよいと思うデッキを組みあげた。
そして迎えた店舗代表戦。
ピリピリする気配。遠方から来た、未知のデュエリスト。そして約束の時間。
「よろしくお願いします!」
相手は、【サンダードラゴン】だった。
※ ※ ※
私は一回戦目で敗れた。1勝2敗だった。
同じく参加した友人のうちの一人は二回戦目で敗れ、決勝まで残ったもう一人は、私を降した【サンダードラゴン】にひざを折った。
全力を出したので、後悔はなかった。
「地元に戻っても、遊戯王続けてくださいね」一人が言った。
「続けるよ」そう答えた。
こうして私は、本来の住み家へと帰還した。
カードと、思い出と、「遊戯王に20年ぶりに出戻った」という事実を残してだ。
そうして今、こうやって記事を書いている。ぜひに、文として書き起こしてみたかったからだ。
このような形で、「遊戯王OCG」の記事を書くのは初めてだ。
つたない文章を読んでくれたデュエリスト諸賢に、感謝したい。