目次
はじめに
中学一年生。
進学したとはいえ、まだ小学生感が抜けきっていない、そんな年ごろ。
強い日差しの残る晩夏、校舎から出て門へと向かう僕のもとへ一人の女の子が駆け寄ってくる。
「ねぇ!」
振り返るとそこには
《マーダーサーカス・ゾンビ/Clown Zombie》
通常モンスター 星2/闇属性/アンデット族/攻1350/守 0
闇の力で生き返ったピエロ。 フラフラとした踊りで死へといざなう。
かわいい
《マーダーサーカス・ゾンビ》
そう、このカードによく似た女の子が立っていた。
隣のクラスの、大人しめだがユーモアのある可愛らしい子だった。
「あの……これ!じゃあね!」
手渡されたのはマスキングテープで封のされた洋封筒。
まるでラブコメであった。
中学になるとやってくる思春期。
誰しもが経験するであろう性への目覚めと異性への意識。
当然僕も例外でなく、クラスの女子に淡い恋心を抱くなどしていた。
していた。
生まれて初めてのガチ告白であろう手紙に戸惑いつつも、蜃気楼の先へ消えてゆく 《マーダーサーカス・ゾンビ》から目が離せなくなっていた。
中学生といえば、やれ誰々がかわいいだの、やれ誰々が付き合っているだのそんな話が会話のイニシアチブを握る。
……いいのか。
果たしてそんな多感な年ごろの同級生に
「ひうごと 《マーダーサーカス・ゾンビ》デキてるらしいよ~ 」
などと噂されていいものなのか。
僕は決して人を顔で判断したりはしない人間だが、周りの目は気にする。
自分と他者のつながりをより一層意識する時期でもあるがゆえに、僕の決断を揺るがせる。
結局、そんな自分に嫌気がさして
ついにはOKサインをだした。
楽しかった日々
カップルが一組誕生したとはいえ、まだ初々しい二人は隣を歩くことすらままならない。
決して 《マーダーサーカス・ゾンビ》の隣を歩きたくなかったわけではない。
いやマジで
《マーダーサーカス・ゾンビ》とはいえ、女の子。
僕の紳士的な心は彼女の心を無下にすることはできなかった。
この記事をみているカードヲタクの読者の皆様には縁がない心理現象だとは思うが、付き合いたての男女とは何をしても新鮮で楽しいものなのだ。
帰り道に少し寄り道をして食べるアイスクリームはいつもより甘いし、二人で寄るゲームセンターは何物にも代えがたい二人だけの時間なのだ。
例えその相手が《マーダーサーカス・ゾンビ》だったとしても。
最初は責任感から付き合っていたものの、徐々に彼女に心惹かれているのが分かっていった。
リズムゲームの上手い彼女はゲームセンターでのお友達も多く、僕らより年上のおじさんや、高校生とも仲がよかった。
仲が……
僕はここで気づくべきだったのだ。
この、異常な状況に。
この、女子が 《マーダーサーカス・ゾンビ》しかいない状況に……。
《マーダーサーカス・ゾンビ》の休日
彼女とは登下校でのみ遊んでいた。
というのも、休日は部活で忙しいらしく時間をとれないとのことだった。
付き合って二か月、あるいは三か月あたりだっただろうか。
友人とゲームセンターに行った時のこと。
「あれ 《マーダーサーカス・ゾンビ》じゃね?」
友人の指す指の先には、高校生くらいの男と仲睦まじくクイズゲームをする《マーダーサーカス・ゾンビ》が。
……。
いや、仲良くゲームしてるだけじゃないか。
なにがいけないんだ?
僕だって友達とゲームをするんだ。
駄目なことなど一つもありゃしない。
そう、自分に言い聞かせる。
《青竜の召喚士/Blue Dragon Summoner》
星4/風属性/魔法使い族/攻1500/守 600
(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。 デッキからドラゴン族・戦士族・魔法使い族の通常モンスター1体を手札に加える。
そのポーズなんなん?居合切りの終盤か?
高校生はまるで 《青竜の召喚士》
イケイケ陽キャさんといった風貌だった。
あまり近づきたくは
「おーい 《マーダーサーカス・ゾンビ》ー!彼氏きてんぞ~! 」
その時一緒にいた友人は悪い奴ではないのだが、配慮という言葉を幼少期に誤って犬にでも食わせてしまったのだろう。
はっとする 《マーダーサーカス・ゾンビ》。
明らかにばつの悪そうな顔をしている。
それもそのはず、この日僕がこのアホな友人と遊んでいるのも彼女が部活で忙しいというからなのだから。
心のどこかで安心していたのだ。
《マーダーサーカス・ゾンビ》がほかの男に取られるわけが無いと。
だって《マーダーサーカス・ゾンビ》なんだもの。
僕は現実から目を背け、速足で店を後にした。
この時ほど小学生から愛用していたコーナーで差をつける靴に感謝したときはない。
ありがとう、コーナーで差をつけてくれて。
休み明け。
義務教育中にこんなにも学校へ行きたくなかった朝はない。
しかし行かねばならない。
重い足取りで学校へ向かう。
たかが一緒にゲームをしていただけだ。
浮気の確率なんて10%くらいだろう。
しかしパワプ○ではケガ率10%もあれば選手が故障する。
頭をそんなことで埋めながら学校に着いた。
その日、 《マーダーサーカス・ゾンビ》 は学校に来ていなかった。
それから暫くして……
今思えば、彼女は俗にいう「ヲタサーの姫」のようなものだったのだろう。
女子の介入が少ないコンテンツではよくある現象だ。
《マーダーサーカス・ゾンビ》でも女の子というだけで貴重な存在なのだ。
彼女はそれから、学校に来ることは無かった。
……。
僕のせいなのだろうか。
はたまた彼女の自業自得なのだろうか。
こんな、寝取られモノのエロゲーのようなエンディングがあっていいのだろうか。
なぜ東京○ィズニーランドは千葉県にあるのか。
なぜメンヘラはクリー○ハイプが好きなのか。
頭の中にたくさんの疑問が渦巻く。
しかしその問いに答えはない。
最後に
「運命」というものを僕は信じている。
恋人になぞらえるならば、顔や性格では語れない安心感のようなものだ。
今回僕は、初めての彼女に文字通りフラフラとした踊りで死へと誘われた。
これもひとつの人生経験だったと今では思える。
いつか運命の人が皆さんの前にも現れると僕は信じています。
疑うことも大切だとは思いますが、愛した人間なら最後まで信じてあげましょう。
ちなみに今日の昼ごはんは肉うどんでした。
それでは。